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無料で不用品回収してもらえました

2011
16
July

以前、家のポストに一枚の広告が入っていました。そこには、電化製品などの不用品回収を、無料でしますと書かれていて、タダほど高いものはないといいますので、恐る恐る電話をしてみましたが、しっかりと確認をとって、安心して不用品回収をしてもらえると思ったので、以前から家の片隅で眠っていた掃除機を無料で回収してもらいました。
 ◇大津市(定数10−16)
 =選管最終発表
当15096 蔦田恵子  49 み元
当11069 佐野高典  62 自現
当10112 山本進一  56 自新
当 9449 目片信悟  45 無新
当 9382 沢田享子  62 対現
当 8925 佐藤健司  38 無新
当 8493 粉川清美  57 公現
当 8147 梅村正   61 公現
当 7809 柴田智恵美 54 民現
当 7204 成田政隆  36 民現
  7197 石塚政孝  52 対新
  7197 節木三千代 52 共現
  6858 小島義雄  65 共新
  5616 岡崎基子  69 民現
  4237 前川佳彦  66 無新
  2192 礒田武彦  50 無新
 ◇彦根市(定数4−5)
 =選管最終発表
当 9560 中沢啓子  52 民現
当 8865 細江正人  64 自新
当 7077 西村久子  67 自現
当 5717 江畑弥八郎 56 民現
  4297 中川睦子  53 共新
 ◇長浜市(定数4−7)
 =選管最終発表
当10541 川島隆二  39 自現
当 9013 野田藤雄  65 自現
当 7954 大橋通伸  53 民新
当 6915 青木甚浩  48 無新
  6613 丸岡和世  60 共新
  4850 押谷友之  61 対新
  4264 中川末治  66 無元
 ◇近江八幡市(定数3−5)
 =選管最終発表
当 7614 今江政彦  56 民現
当 7538 有村国俊  46 自新
当 7474 高木健三  68 自新
  4896 小川広司  62 共新
  4477 中谷哲夫  69 自現
 ◇草津市(定数4−5)
 =選管最終発表
当 8977 奥村芳正  53 自現
当 8963 駒井千代  37 対新
当 8958 山本正   53 民新
当 8299 山田和広  62 自現
  4775 西川仁   63 共現
 ◇守山市(定数2−4)
 =選管最終発表
当 8597 岩佐弘明  56 自新
当 7187 大井豊   58 民現
  5945 小川泰江  48 対新
  5246 藤木猛   46 無新
 ◇甲賀市(定数3−4)
 =選管最終発表
当11760 富田博明  59 自新
当10161 家森茂樹  59 自現
当 9956 西川勝彦  66 民現
  8785 田中松太郎 38 民新
 ◇野洲市(定数2−4)
 =選管最終発表
当 7688 吉田清一  63 自現
当 4789 冨波義明  56 対新
  4335 山本剛   49 民新
  4131 荒川泰宏  58 無新
 ◇東近江市(定数4−7)
 =選管最終発表
当 9066 小寺裕雄  50 自元
当 7454 宇賀武   62 自現
当 6778 山田実   60 民現
当 6603 木沢成人  38 無現
  4413 田中砂月  49 対新
  3461 中島敏   63 無元
  2699 諏訪一男  68 無新
 ◇米原市(定数2−4)
 =選管最終発表
当 5834 辻村克   70 自現
当 5526 赤堀義次  73 無元
  5001 西川敏輝  62 無現
  2902 礒谷晃   50 無新
 ◇蒲生郡(定数1−2)
 =選管最終発表
当 7918 井阪尚司  57 無新
  7875 山田尚夫  64 自現
 ◇愛知郡(定数1−2)
 =選管最終発表
当 4832 宇野太佳司 60 無新
  3293 西沢桂一  70 民現
 ◇犬上郡(定数1−2)
 =選管最終発表
当 7102 大野和三郎 55 無新
  5850 辻孝太郎  66 民現

4月11日朝刊

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 震災1週間後の3月18日から11日間、宮城県内で震災取材に加わった。05年秋、巨大ハリケーンの直撃を受けた米ルイジアナ州ニューオーリンズ。06年夏のイスラエル軍による爆撃で、壊滅的被害を被ったレバノン南部の村アル・ヒアム。どちらの地を訪れた時もその惨状におののいたが、ここまで破壊し尽くされた光景を目にしたことはなかった。
 初めて訪れた被災現場は同県南部の山元町。私は津波にのまれた海岸沿い一帯を重い足取りで歩いていた。360度見渡す限り、どこまでも広がるがれきの山。自衛隊や消防の懸命の捜索活動もむなしく、次々と目の前で犠牲者の遺体が見つかった。同町の死者と不明者数の合計は9日現在、862人に上る。がれきの間を縫うように、家族や友人を捜す被災者の姿はあまりにも痛ましく、私は現場に立ちすくみ無力感にさいなまれた。
  ×  ×  ×
 「自分にできることは果たしてあるのか」。「何をすべきか」という問い以前に、被災地に立つすべての人はまず、例外なくこの問いに直面する。私の背中を押したのは被災者の一言だった。山元町の看護師の女性は、私が記者であることに気付くと声をかけてきた。「私たちのこと、山元町の被災状況を伝えてください」。事件事故取材を担当して4年。多くの被害者や遺族らと接してきたが、肉親や友人を亡くした直後の取材協力に消極的なケースは多い。それだけにこの一言は重かった。
 できることは「伝える」ことだけ−−。記者として唯一の存在意義を被災者の一言で強く再認識させられた。
  ×  ×  ×
 「早く見つけてやりたい」。近隣住民に避難を促している最中、津波にのまれた母を捜す家族のせめてもの願い。火葬が間に合わず土葬が行われる中、次男を亡くし、夫が行方不明のままの女性は「せめて、父親と一緒に埋めてやりたい」と涙ながらに語った。私はかける言葉を見つけられないまま、ただただ被災者の話を聞いて回った。紙面で報告できたのはごく一部に過ぎない。すべて自分の力不足によるところだと思う。
 震災から1カ月。ここ栃木でも震災被害の爪痕は深い。宮城での取材同様、できる限り県内の叫びを受け止め、伝えていかなければならない。記者にできることはそれだけだからだ。【吉村周平】

4月11日朝刊

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